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【アラベスク】  第3章 盲目Knight



第3節 Crazy or Crazy [3]




 
君は、笑うだろうか?


 小学生の頃から、どれほどに母親や担任や、お節介な同級生に(さと)されようとも、頑固に自分の殻の中に篭り続けたこの僕。
 この僕が、ただ一度の君の言葉で、これほどまでに―――

「動くと唇を奪うことになるよ。僕はそれでも構わないんだけどね」

 ふふっ
 以前の僕では、とても考えられないよね。

 力の増した瑠駆真の腕に、美鶴は思わず呻き声を上げる。だが、それすらも瑠駆真を熱くさせる。


 僕は変わるよ―――


 僕は変わる。君も変える。

 君がいるなら、僕はどれだけでも変わることができる。

「君がそれをどう思うかは君の勝手だ。もちろん受け入れてくれなんて言わない」

 あの日あの時、君に告げた言葉に嘘はない。
 だけど僕は、もっと君に、見てもらいたい――――

 全身から湧き上がる熱に、軽い気怠(けだる)さを感じる。

 君が僕に見せてくれた、激しく真直ぐな瞳。それがアメリカでの僕を、どれほどに支えてくれたと思う?
 君は知らないだろう。僕にとって、君がどれほどに必要な存在かということを。

 ぼんやりと浮かび上がるのは、晩春の、朝の校庭。

 昔の僕なら考えられなかった。でも、君のためなら、どれだけでも変わることができる。
 このままずっと…… 好きなだけ……… 抱きしめていたい。

 壁に押し付ける。身体を捻って顔を美鶴の後ろへ回すと、後頭部からうなじにかけて、唇が触れる。
「―――っ!」
 ようやく顔を出した美鶴が、荒く息を吸う。
「はなせ……… よ」
 放すもんかっ
 瑠駆真は再び、美鶴の顔を腕の中へと押し込める。
 ずっとずっと……… このままずっと、好きなだけ抱きしめていたいんだ。
 全身が火照(ほて)る。
 そうだ、今なら誰も邪魔しない。(さとし)はいない。あの霞流(かすばた)ってヤツだって、ココに来たことはない。
 今はずっと、僕だけのモノだ―――
 まるで腫れるような全身の膨張感に、痺れる。
 唇などは、刺激物を食したときのような熱を帯びている。トクトクと、血流が激しく脈を打つ。
 僕だけのモノだ。僕だけのモノにしたい。したいくらい好きだ。だから―――
「聡はいない……… いないんだ………」
 瑠駆真の腕の中で必死に息苦しさと格闘しながら、美鶴は腕の力強さに身震いをさせた。
 我を失った瑠駆真の狂態を、美鶴は一度だけ目の当たりにしたことがある。
 これ以上彼を暴走させる言葉を吐くのは無謀だ。だが、かと言って宥めるような言葉など、美鶴に言えるワケがない。
 どうすべきか思案しているところに、ひどく静かな声が響く。

「何とか言ったらどうだい?」

 瑠駆真の声。だが寸分前の擦れるような、熱と艶を帯びた声とは違い、その声音は凍りついているようにさえ思える。
 床を擦る微かな音。美鶴は思わず目を見開いた。
 必死にもがいて顔を覗かせる。
 視線の先に、聡の姿。

 無意識に――― 瑠駆真を突き飛ばしていた。







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